認知症いろいろ・コロナもいろいろ
コロナが出現し、ホームに入り込んできました。何をどうしていいか、どう対応したらいいのか誰もわかりませんでした。ゾーニングを中心に感染対応をし保健所に連絡をし、入院依頼に明け暮れました。コロナの正体すらわからなかったのに・・・デルタ株と言われるコロナが流行した時、感染した入居者様が感染した3日目に亡くなりました。衝撃でした。この時、まだワクチンはありませんでした。 あれから3年、クラスターを4回経験しました。ホームでの対応、ワクチン、薬もわかってきました。株をかえ、まだまだ拡がり高齢者、持病を持つ人には重症化というリスクがのしかかっています。皆さんもいろんな思いをされたのではないでしょうか?
ゾーニング(汚染区域、清潔区域の区分け)と感染症対応
皆さんよくTVなどで老人施設の感染状況などを見られたと思います。
誰もが知らない感染症の出現でどうしてよいかわからない現状だったと思います。
マスクが足りなくなりましたよね。
ここでは感染症対応のお話をします。
ダイヤモンドプリンセス号の感染の拡がりを毎日報道で観ていました。ふと外から自分の働く施設をまじまじと見た時、「陸の上のダイヤモンドプリンセス号」に見えてゾッとしたことを覚えています。
まずはゾーニング、いかに汚染区域を拡げないかを考え、コロナが発生したときの区域の区分けと道線を考えました。
ガウンなどの装着、各部屋、共用部の消毒はノロウイルスに準ずるでよいかと思います。
個室の施設であり、ベランダからの行き来ができるのであれば、施設内を清潔区域とし、そこでガウンをきてコロナ感染症の方の部屋に入り、ベランダから出て、ベランダでガウンを脱ぎ、汚染したガウン等をレジ袋に入れて、用意しておいた蓋つきのゴミ箱に入れて、手指の消毒をして、ベランダから外を通りバックヤードから入り、そこで手洗い、消毒をして館内に戻ること、一方通行に徹底していましたがこれは建物の作りでできたことで、全ての施設でできるとは言えませんよね。
とにかくREDと呼ばれる汚染区域をいかに狭くするかでした。
食器や箸、スプーン、コップは使い捨てのものにしました。ゴミの廃棄は市や区によって異なりますのでそれに準じてゴミを出していました。
恐怖は人を変える
感染者が出た、さあ皆さん感染しないように部屋で過ごしてください。お部屋から出ないようにしてください。お食事、水分などはこちらで運びます。また用事がある場合、体調不良がある場合はナースコールを押してください。
隔離です。
最初はいいんです、これが5日目を過ぎて来ると・・・
「あなた達は帰れるからいいわよね!」
「何してるのよ!はやく○○持ってきなさいよ!」
「だいたい最初にコロナを持ち込んだのは職員じゃないの?」
「毎日お風呂に入らなきゃおかしくなる!」
そりゃそうですよね。部屋に一日中いてTVではコロナのニュースばかり、これからどうなるのか、感染したらどうなるのか、不安より恐怖だったと思います。
そして、対応する職員のメンタルもどんどん落ちていきました。
家族面会がなくなった
家族が施設に入れることはなかった。外出も禁止されました。
ご家族にも会えず、外出もできない、最初は感染防止のため、皆のためと思っていたがこれだけ長くなると、皆さんの気持ちが落ち着かなくなる、そしてさらにADLが下がる。それからzoomを使ってのオンライン面会が始まるが、15分程度で終了。耳も悪く、目も悪い方もいらっしゃいます。耳の近くで家族の声を聞きとることもできないし、顔を近ずけて家族を感じることもできない。その後はリアルで一定の場所で15分の面会になり、やっと面会、外出制限がなくなりました!!
よかった、本当によかったと思いきやADLの低下から転倒が増え骨折も増えました。
認知症の方の対応を考える
コロナの感染対応がはじまり、まずは認知症の方が感染したときの対応を考えた。そもそもが部屋にいることはできないので、部屋で過ごせる人はお部屋待機してもらっていました。
1年目、2年目は奇跡的に認知症の周辺症状が強い方の感染はなかったが、3年目に来るべきものがきました。
他居室に入る、唾をはく、どんどん感染者は増えていき、職員の感染も多くなりマンパワーが足りなくなってきました。
この時にはコロナ高齢者支援施設ができていて、認知症の方も受け入れてくれます。症状にあわせて、酸素投与も点滴もできるとのこと。保健所に連絡をして入院のエントリーができました。そうなんです、混み混みですぐには入院できず、エントリーなのです。感染して10日過ぎればもう受け入れはできません。入院調整をする保健所も大変だったと思います。
お一人、ご家族にもしっかりお話して入院できました。
10日後に退院されましたが、かなり様子が変わっていました。入院中の経過報告書がかえってきましたが、寝ない、暴れる、などで大変だった様子、精神薬を追加内服ありでした。退院後、ご本人は「信じられない、信じられない」と何度もつぶやかれ、食事も摂れず痩せて・・・精神薬を抜き何とか元の調子に戻るまでには時間はかかりました。マンパワーが足りない、感染者を増やしたくない、本当にご本人主体での考えではなく動いていたと思います。
陽陽介護といって陽性者の介護士さんが陽性者の高齢者の介護にあたられていたと聞いたこともあります。どこもマンパワーが足りず、ヘルプをお願いしたり、工夫をしたりで大変な思いもあったと思います。
次の新しい感染症が出た時、この経験が活かされると思います。
まとめ
コロナも第5類なりましたが、何が変わったのでしょうか?
面会制限の施設もまだまだあるようです。
うちの娘も看護師ですが、勤務先の病棟がコロナ病棟になり、1年程対応していました。
認知症の周辺症状が酷く、ご自宅や施設に帰って頂くケースも多々あったようです。どこも同じようにコロナに翻弄されました。
3年が経ちある程度、落ち着いて感染者が出ても対応できるようにはなりましたし、コロナだからと驚くこともなくなりました。
またいつ、どこかで知らない感染症が出る可能性は否定できません。
今回の経験を活かして、感染症対応の強化は介護施設の課題になってくるでしょう。
皆でやり切りましょう!
日本認知症研究会副代表。看護学校卒業後、内科外来、透析室勤務を経て訪問看護ステーションにて3年間在宅医療に関わり、その後、介護付き有料老人ホームの看護職員として長年務められる。多くの認知症の入居者に携わるうちに、認知症について興味を持ち看護師として貢献できる認知症ケアについて学ばれる。周囲の仲間からは「大将」の愛称で親しまれ、医師主体の研究会の代表を務められた他、中国、イタリアで開催された学会でのご講演など多方面で活躍されている。