あやか内科クリニック
白土綾佳院長インタビュー

静岡県清水市で商社マンの父親と専業主婦の母親との間に生まれた白土先生は、千葉県柏市で育った。隣接する茨城県取手市の私立江戸川学園取手高校を卒業後、自治医科大学医学部に入学。6年間で学部を卒業したあと、茨城県立中央病院で研修医になった。その後は、「医療の谷間に灯をともす」という自治医科大学のモットーに従って、地域医療に従事する。北茨城市立総合病院、城里町七会診療所を経て2009年から笠間市立病院に勤務。2017年、笠間市に「あやか内科クリニック」を開業して院長となる。内科認定医、プライマリ・ケア認定医、コウノメソッド実践医。メルマガやホームページで、認知症の方と家族が笑顔でいられる情報を発信し続けている。(取材日2025年1月30日)
認知症になっても大丈夫な地域を全国につくりたい
Q.最近、うれしいニュースがあったそうですね。
2025年1月29日、立憲民主党と国民民主党が、訪問介護事業者への緊急支援法案を共同で衆議院に提出しました。令和6年度の介護報酬改定において、特に人材確保が難しい訪問介護の基本報酬が引き下げられ、過去最悪のペースで倒産や廃業が相次いでいたのです。「法案では、次の介護報酬の改定を待たずに訪問介護の事業者に補助金を支給したうえで、政府がその効果などを検証し、令和9年度までのできるだけ早い時期に、基本報酬の見直しを行うことなどを盛り込んでいる」とNHKニュースで報じられました。
国は「訪問介護事業者の数は減っていない」と言いますが、地方の小規模事業者が潰れて大手事業者が増えても、大手は割のいいことしかやりません。すでに、必要なところへ必要なサービスが入らない地域が出始めているのです。今回の法案提出が、介護崩壊を食い止めるきっかけになればと願っています。
Q.どのような経緯でそのような動きになったのですか?
昨年11月、元国民民主党の国会議員だった大畠章宏先生に声をかけていただき、日立市で行われた「ふるさと未来21研究会」という勉強会で、私が認知症医療の現状と今後について講演をさせていただいたのです。いつものように薬に頼らない認知症医療について話したあと、介護現場の実情を語りました。事前に、日頃から情報交換している介護職の方々に教えを乞い、昨年9月に行われた「ケア社会をつくる会」のマラソンシンポも教材に介護保険の現状を学んだ私は、訪問介護が崖っぷちにきていることを知って、そのことをどうしても訴えざるを得なかったのです。
私の講演を、大畠先生の後継者で厚生労働委員会の理事になられる国民民主党の浅野さとし議員も聴いてくださいました。大畠先生から浅野議員に「ここで話を聴いて写真を撮ったからには、介護保険の改悪を阻止することを約束するよね」と念を押してくださり、一緒に写真を撮ったのです。両党へは介護関係者からの切実なSOSが届いていたはずで、その熱量が法案提出につながったのだと思います。
Q.白土先生が介護に関心を持たれるのはどうしてですか?
介護保険サービスは、生活を支える仕組みです。近年、介護度が比較的低いグループの報酬が下げられて小さな介護事業者が立ち行かなくなっています。閉鎖が相次ぐと、介護サービスが受けられないことで本人の状態が悪化していく。すると、それを支える介護家族も自分の仕事を諦めざるを得なくなるなど、社会全体に負の連鎖が生まれます。私は今回、介護職仲間から介護保険のしくみをいろいろと教わり、介護の専門家でないながらも、介護保険改悪の恐ろしさを知りました。高齢者や認知症患者を診ている私たちにとって、介護現場が壊れていくととても困るのです。認知症の場合、医療でできることは限られるので、介護に頑張ってもらわなければなりません。
数年前から私が「日本認知症研究会」の会長を引き受け、この「えんがわJAPAN」で情報発信を続けているのも、医療と介護の橋渡しをしたいからです。医療と介護の両輪が揃わなければ、これからますます厳しさを増す超高齢社会を支えていくことはできません。
コウノメソッドを軸に認知症治療に邁進
Q.開業までの経緯をお聞かせください。
自治医科大学医学部を卒業した私は、地域医療の途へ進みました。自治医科大学には、義務年限というルールがあります。在学年月の1・5倍、ストレートで学部を卒業できれば6年間の1・5倍で9年間、お礼奉公すれば学費が免除される仕組みです。私は取手市の高校から自治医科大学を受験して茨城県枠で入学しましたから、茨城県内の地域医療に従事することになりました。
義務年限の最後の3年間が笠間市立病院でした。それが過ぎたらどこへ行ってもよかったのですが、居心地がよかったので7年間笠間市立病院のお世話になりました。結婚していた私は、敷地内の医師住宅に住み、7年間に3人の子どもを産んで育てることができたのです。研修医時代は消化器内科専攻でしたが、笠間市立病院にいる間に地域が総合医を求めていることに気づき、町医者として生きる決意を固めました。現在の「あやか内科クリニック」を開業したのは2017年のことです。
Q.認知症治療に詳しくなり、腕を上げることができたのはなぜですか?
地域医療に携わると、小児科や産婦人科でもなければ、高齢の患者さんを相手にすることが多くなります。すると、どんな疾患を診ていても、患者さんには大なり小なり認知症が入っているのです。好むと好まざるとに関わらず、総合医は認知症と向き合わざるを得ません。これはちゃんと勉強しなければだめだと思った私は、認知症のことを調べ始めました。最初は学会誌などを読んでみたのですが、あまり役に立たないというか、使えるような知識が身に付きません。困っていたときに、コウノメソッドに出会ったのです。
最初に読んだのは『認知症治療28の満足』(女子栄養大学出版部)だったと思います。明日からすぐに診察室で活かせるような知恵がいっぱい詰まった本で、まさに運命的な出会いでした。それから河野和彦先生の本を何冊も購入し、夢中で勉強しました。認知症のバイタリティ分類、薬の少量投与、家庭天秤法、サプリメントの使い方など、目からウロコが落ちることばかりでした。早速、笠間市立病院で有志と勉強会を開き、2013年には病院内に「もの忘れ外来」をつくってもらいました。私が認知症に詳しくなったのは、ご家族の了承を取りながら、コツコツと実践を積み重ねてきた成果だと思います。
Q.『「認知症」9人の名医』に選ばれた反響は?
2024年5月にブックマン社から『「認知症」9人の名医』という本が出て、私も載せていただきました。とても反響が大きく、これを読んで遠くから初診を受けに来た患者さんもいらっしゃったほどです。掲載された先生方に、関東以北のお医者さんが少なかったのが理由かと思いますが……。北海道に住む親戚からも連絡がありました。うれしかったのは、かかりつけの患者さんやご家族が読んで、とても喜んでくださったことです。何も知らずに読まれた患者さんが「白土先生が出てきてびっくりしました」と笑顔で報告してくださったときは、「取材を受けてよかった」と思いました。
これからの夢は、かかりつけ医の認知症教育
Q.認知症の薬やサプリメントはどのように使っていらっしゃいますか?
コウノメソッドに準拠しているので、抗認知症薬は適量処方を心掛けています。中核症状の薬は多くが興奮系の薬なので、BPSDで陽性症状が出ている患者さんにはあまり使いません。エネルギーレベルが過剰になっていない方なら、ご家族と相談しながら少量使う程度です。元気にすることを目的に抗認知症薬を使うことは、まずありませんが……。あと、プレタールは、意欲が出てくることがあるので使っています。
サプリメントで一番よく使うのはフェルガードですね。入り口はフェルガード100Mから、というケースが多いと思います。そのほか、Mガードや赤ミミズサプリメントも使います。これらが、保険診療にプラスして自費で使っていただくサプリメントの主力です。確かにお金をかけたら良くなる部分はあるのですが、お金のない人に「諦めて」と言いたくもないので、どのあたりに軸足を置くか、常にジレンマを抱えています。最近はリコード法(アメリカのデール・ブレデセン博士が提唱するアルツハイマー型認知症の治療法)を始めたので、推奨するビタミン類も増えました。しかし、私の基本は変わりません。「薬よりも生活を整えること」。その重要性を今後も発信し続けていきます。
Q.介護施設の良し悪しにこだわるのはなぜですか?
認知症の方を支えるために、介護施設の力がものすごく大きいと実感しているからです。例えば、在宅介護を維持していた外来の患者さんが施設に入所なさったとします。すると、その方がどんな施設に入ったかによって、こちらへのリクエストがまるで違ってくるのです。「いろいろ大変ですけど、何とかなっています」という施設もあれば、「問題行動だらけでとてもダメです。もっと抑制系の薬を増やしてください」という施設もあります。薬を増やしてくださいと言ってくる施設は、やがて「精神科病院に紹介状を書いてください」と言ってきます。そういうところは、「この人もダメ、あの人もダメ」で、どんどん精神科病院送りになってしまうのです。薬を調整するにしても、こちらはじっくりやり取りしたいのに、そういう施設は長く聞いてきません。次のステップとして精神科へかかる名目のために、こちらへ聞いているだけなのかなと思ってしまいます。紹介状を書いてくださいと言われれば書かざるを得ないので、納得できないまま書いている状態です。本人も家族も望んでいないのに、施設主導で精神科受診が決められてしまうと、残念な気持ちになってしまいます。
Q.現在の取り組みや今後の予定をお聞かせください。
現在、リコード法の勉強や水素に関する勉強をして得た知識を、メールマガジンやホームページで発信しています。認知症に役立つことであれば、何でも吸収したいという思いです。これまで発信してきた内容がずいぶん溜まってきたので、コンパクトにまとめて「えんがわJAPAN」のサイトで紹介できればと考えています。それと、介護保険改悪阻止の活動ですね。
介護職の坂野悠己さん(総合ケアセンター駒場苑 施設長)と二人で、介護保険の窮状を訴える動画を上げようと相談しています。この問題には、医療と介護の垣根を超えて取り組まなければならないのです。医者が介護の集会に顔を出すと、アウェイな空気を感じますが、「日ごろ違和感を感じることがあるのなら、顔を見ながらざっくばらんに議論しよう」と思いながら足を運んでいます。あと、「日本認知症研究会」会長として今後の課題があるとすれば、「かかりつけの先生の認知症教育」ですね。どうしても、プライマリ・ケア医にコウノメソッドを知っていただきたい。そして、認知症になっても大丈夫な地域を全国につくりたい。そのために、「私にもできた」というメッセージを伝えていきたいと思っています。
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