認知症の診断基準と診療の流れ
記憶障害の症状が見られるからといって、必ずしも認知症であるとは限りません。 また、逆に記憶障害の症状がないからといって、認知症ではないとも限りません。 認知症の診察では、いくつかの検査や問診などを重ねて、病型を特定していきます。 まずは、“認知症であるか、否か”を判断します。
DSM-5による認知症診断基準
現在、日本の多くの医療機関では、認知症の診察において、2つの国際的な診断基準を用いています。
1つは、米国精神医学会の「DSM(精神障害の診断・統計マニュアル)」です。最新版は第5版のため、「DSM-5」と呼ばれます。もう1つは世界保健機関の「ICD(国際疾病分類)」が広く用いられています。
認知症の症状と言えば“記憶障害”と考えられがちですが、2013年に出版された「DSM-5」では、それまで認知症診断の必須項目だった記憶障害が外されました。認知症の症状は多彩で、記憶障害の症状が目立たないケースは少なくありません。記憶障害の程度に関わらず、認知機能の低下があれば、認知症を疑う必要があります。
以下は、「DSM-5」による認知症診断基準の要約です。A~Dの4つの内容に当てはまる場合は認知症と診断できます。
A. 1つ以上の認知領域(複雑性注意、実行機能、学習および記憶、言語、知覚-運動、社会的認知)において、以前の行動水準から有意な認知の低下があるという根拠が以下の(1)(2)に基づいている。
(1)本人、本人をよく知る情報提供者、または臨床家による、有意な認知機能の低下があったという懸念
(2)可能であれば模範化された神経心理学的検査に記録された、それがなければ他の定量化された臨床的評価によって実証された認知行為の障害
B. 毎日の活動において、認知欠損が自立を阻害する(すなわち、最低限、請求書を支払う、内服薬を管理するなどの、複雑な手段的日常生活動作に援助を必要とする)
C. その認知欠損は、せん妄の状況のみで起こるものではない。
D. その認知欠損は、他の精神疾患によってうまく説明されない。
(例:うつ病、統合失調症)
さらに、原因によって、以下の12種類に分類されます。
・アルツハイマー病による認知症
・前頭側頭型認知症
・レビー小体病を伴う認知症(レビー小体型認知症)
・血管性認知症
・外傷性脳損傷による認知症
・物質・医薬品誘発性認知症
・HIV感染による認知症
・プリオン病による認知症
・パーキンソン病による認知症
・ハンチントン病による認知症
・他の医学的疾患による認知症
・複数の病因による認知症
(『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』American Psychiatric Association 日本精神神経学会日本語版用語監修、髙橋三郎・大野 裕監訳、2014より引用)
認知症診断の流れ(認知症以外の症状を除外)
診療は、まずは軽度認知障害(MCI)と、うつ病や身体疾患など、認知症以外の疾患を除外します。
<初期段階で除外される症状>
・軽度認知障害(MCI)
主な症状として「物忘れ」の症状が多く出ているが、日常生活への影響はないか、あっても軽度で認知症とは診断できない。正常と認知症の中間の状態。
しかし、年間で10~15%が認知症に移行するとされており、認知症の前段階に位置付けられている
・正常範囲内、加齢にもとづくもの
・アルコール多飲、薬物、健忘症候群
・急性発症、軽度の意識障害(せん妄)
・機能性:うつ病(偽性(ぎせい)認知症)や妄想性障害
また、手術などの医療ケアにより治癒可能な認知症も除外します。
・身体疾患:代謝性疾患、内分泌疾患、感染症などの疾患
・脳外科的疾患:正常圧水頭症(せいじょうあつすいとうしょう)、硬膜下血種(こうまくかけっしゅ)
認知症診断の流れ(認知症のタイプを特定)
続いて、問診や診察、神経心理学的検査、画像検査、血液検査を行い、上記の図のようなフローで、以下のような認知症のタイプを特定していきます。
なお、これは認知症疾患治療ガイドラインで推奨されている診断のフローチャートを参考にしています。
脳血管性認知症(VaD)
脳の血管障害がもとで起こる認知症の総称。
CT、MRIといった画像診断により、脳血管障害の存在が確認され、その部位に合致した神経症状がある。段階的進行が見られるなどの症状があると診断される。
脳血管性認知症ではない場合、次は局所神経症状(認知機能障害および精神症状以外)の有無を確認。
局所神経症状がある場合は他の症状と合わせて診断し、クロイツフェルト・ヤコブ病、レビー小体型認知症などに分類される。
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)
プリオンという異常タンパクが蓄積する、原因不明の神経変性疾患。国が指定する特定疾患(難病)の1つで、感染性をもつのが大きな特徴。
進行が速く、速やかに増悪してくる。ミオクローヌス(筋肉が不随意に収縮し、体がピクッと動く身体症状)などの神経症候がある。特徴的な脳波所見が見られるなどの症状が見られる。
レビー小体型認知症(DLB)
脳内にαシヌクレインという特殊なタンパク質が蓄積し、レビー小体を形成。神経細胞を死滅させる疾患。
動揺性を示す。幻覚(ときに幻聴)が起こる。ふらつきなどの歩行障害、手足の震えなど、無意識的な動作、筋肉の動きを司る神経伝達経路「錐体外路(すいたいがいろ)」の異常によって起こる錐体外路症状などが見られる。
他の神経変性性認知症
上記のクロイツフェルト・ヤコブ病、レビー小体型認知症に該当しない場合は、パーキンソン病の主症状と大脳皮質症状をあわせ持つ神経変性疾患である、大脳皮質基底核変性症(CBD)、大脳の深部にある線条体を主病変部位とし、舞踏運動、精神症状、認知症を生じる遺伝性の変性疾患であるハンチントン病(HD)、パーキンソン病の主症状と眼球運動障害を特徴的な症状とする、原因不明の神経疾患である進行性核上性麻痺(PSP)などに分類される。
局所神経症状が見られない場合は、アルツハイマー型認知症(ATD)、前頭側頭葉変性症(FTLD)などに分類されます。
アルツハイマー型認知症(ATD)
脳に特殊なタンパクが蓄積し、記憶をつかさどる海馬を中心に広範囲で萎縮する疾患。
記銘力障害、物盗られ妄想などの症状が見られる。
前頭側頭葉変性症(FTLD)
前頭葉、側頭葉の神経細胞が減って萎縮し、約半数にピック球という異常構造物が出現する疾患。
限局的脳萎縮(前頭・側頭葉)、性格変化や反道徳的行為、比較的軽度な記憶障害などの症状が見られる。