前頭側頭葉変性症(FTLD)の薬物治療
現在のところ、前頭側頭葉変性症に適応する薬はほぼないといわれていますが、コウノメソッドによれば、非定型抗精神病薬とサプリメントを併用することで効果が見出されるとされています。一般的な薬物治療とコウノメソッドの薬物治療の効用を解説していきます。
一般的な薬物治療の場合
異常行動や精神症状が表れる脱抑制や常同行動などの行動障害が起こり、介護者に大きな負担となってしまう前頭側頭型認知症。周辺症状の改善効果があるとされる認知機能改善薬ですが、前頭側頭型認知症への有効性は明確でなく、一部では脱抑制が悪化するという状況も見られているようです。セロトニンの活性を高める抗うつ薬として使用されているSSRIが、脱抑制や常同行動に有効という報告があります。通常、神経伝達物資のセロトニンは、セロトニントランスポーターに再吸収され、再利用されます。SSRIはそれを阻害し、セロトニンの濃度を高め、海馬で神経新生(BDNF)を促す効果があるともいわれます。
また、食行動異常や抑うつを改善するといわれるトラゾドンは、セロトニンの再吸収を阻害してくれます。興奮を抑えるためには、非定型抗精神病薬も使用されていますが、高齢認知症患者の死亡率を高めるといった報告もなされていて、慎重な使用が望まれます。
SSRIをはじめ前頭側頭型認知症の薬では、明確なエビデンスは今のところ十分にあるとは言えない状況です。行動阻害を軽減するためには、病気の特徴を理解して、ケアやリハビリテーションを、薬物治療と併せて行っていくことが重要と考えられます。有効性が期待されている薬については、以下を参考にしてください。
■前頭側頭型認知症の薬物治療に関する知見
1.脱抑制・衝動性、抑うつ症状、炭水化物渇望、反復行動のような神経精神医学的症候は、セルトラリン、パロキセチン、フルボキサミンのようなSSRIに反応するかもしれない。フルボキサミンは特に脅迫症状に有用といわれている
2.SSRIとリチウムの併用がうつに有用かもしれないし、他の症状にも有用である可能性がある。
3.著しい脱抑制、衝動性や攻撃性、破壊的な行動は、リスペリドン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールのような非定型抗精神病薬少量に反応するかもしれない。
4.カルバマゼピン、バルプロ酸、ラモトリギンは長時間の情動的変動を減らすかも知れない。
5.覚醒作用薬やモダフィニルは、アパシー・無為に有効かも知れないがデータはない
6.アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル、リバスチグミン、ガランタミン)の有用性は、FTLDでは不明であり、脱抑制・衝動性や反復行動を増強させるかもしれない。
7.抗酸化薬(例えばビタミンE400~2000単位)がFTDの進行を遅らせることに有用かもしれない。
8.メマンチンはFTDにおいて神経促進的作用をもつかもしれない。
9.セレギリンやアマンタジンのような薬物の対照的治療における役割はいまだ不明である。
10.睡眠導入薬は昼夜リズムや睡眠障害を調整するのに役立つかもしれない。
(『専門医のための精神科臨床リュミエール12 前頭側頭型認知症の臨床』池田学編、2010より引用)
前頭側頭型認知症の特性を利用したケア
前頭側頭型認知症の症状として、同じ行動をくり返したり、決まった時間に決まった行動を起こしたり、時刻表的な生活を送るといったことを行います。ですが、その日常生活の中で困った行動を、日常生活に支障をきたさない行動に置き換えていくケアをルーティン化療法といいます。本人が集中して作業を行えているか、楽しんでできているかなどを見守って、編み物、料理、折り紙、踊り、カラオケなどといった本人の趣味嗜好に合わせたことを日課として固定化すると継続しやすくなります。もしも、作業中に立ち去り行動が見られそうな場合、それを放置することは避けたいので、目の前のものを反射的に掴む症状(強制把握)を利用して物を渡すのも手です。それによって、また目の前の作業に集中することができます。
コウノメソッドの場合
脳の障害が前頭葉、側頭葉に限局され、「毎日同じ行動をとる」「同じ食べ物にかたよる」「周囲の状況が把握できなくなり。突然立ち去ってしまう」といった症状の前頭側頭葉変性症。コウノメソッドでは、次のように定義しています。
「抑制系の薬剤で陽性症状を鎮めて、認知機能改善薬などで脳の活動を調整していく。当初は失語症状が中心で、意味性認知症や進行性非流暢性失語と診断された症例でも、いずれピック病の症状が現れる。脳の変性は止まらず、前頭葉にまで進むからだ」。河野氏はこれをピック化と呼び、そのような状態に陥った際には抑制系の薬剤が必要になると考えています。
<前頭側頭葉変性症の疾患スペクトラム>
「意味性認知症や進行性非流暢性失語でも、脳の変性が進むと、ピック病の症状が現れる(ピック化)。さらに歩行障害が現れれば、大脳皮質基底核変性症や進行性核上性麻痺となる。これらはすべて「ピック関連疾患」と考えられる。
■意味性認知症(SD)
症状:
・陰性症状が主体
・行動症状をともなう第一選択:
第一選択:
・ガランタミン+フェルラ酸含有食品
↓
ピック化
↓
前頭側頭型認知症(FTD)
■進行性非流暢性失語(PNFA)
症状:
・陰性症状が主体
・行動症状をともなわない
第一選択:
・フェルラ酸含有食品
↓
ピック化
↓
前頭側頭型認知症(FTD)
■前頭側頭型認知症(FTD)=ピック病
症状:
・陽性症状が強い
・激しい行動症状をともなう
第一選択薬:
・クロルプロマジン(定型抗精神病薬)
・フェルラ酸含有食品
→脱抑制や常同行動などの行動障害が特徴。抑制系の薬剤で沈静化する。
歩行障害の出現により
①大脳皮質基底核変性症(CBD)
第一選択薬:
・リバスチグミン+フェルラ酸含有食品
②進行性核上性麻痺(PSP)
第一選択薬:
・リバスチグミン+フェルラ酸含有食品
<ピック病の薬剤における優先順位>
最初に抑制系薬剤・クロルプロマジンを投与→認知機能改善薬+フェルラ酸含有食品を組み合わせて処方。これが河野和彦氏のピック関連疾患の処方の基礎となっています。
1.抑制系薬剤
・クロルプロマジン(定型抗精神病薬) 4~75mg
・ジアゼパム(向精神薬) 2~6mg
・クエチアピン(定型抗精神病薬) 12.5~75mg
・抑肝散(よくかんさん/漢方薬) 2.5~7.5g
・プロペリシアジン(定型抗精神病薬) 3~9mg
頓服
・リスペリドン(非定型抗精神病薬) 1~3mg
・ペロスピロン(非定型抗精神病薬) 4~12mg
2.認知機能改善薬
・リバスチグミン 4.5~9mg
(興奮作用が弱く、ふらつきも起きにくい)
・ガランタミン 4~8mg
・メマンチン 5~15mg
河野和彦氏の唱えるコウノメソッドでは、前頭側頭型認知症(ピック病)を、2つのタイプに分けて。基本処方を示しています。
「ポジティブタイプは、クロルプロマジンなど抑制系の薬剤で、陽性症状を鎮める。陽性症状が落ち着いたら、認知機能の改善を目指し、フェルラ酸含有食品を用いる。サプリメントのため全額自己負担だが、改善率は約75%と非常に高い。その後は抑制系の薬剤を患者の様子をみながら、徐々に減らすのが望ましい」。
さらに、もう一方のタイプについては以下のように述べています。
「陽性症状の強くないネガティブタイプは、ほぼ意味性認知症に相当する。ガランタミンやフェルラ酸含有食品で意欲を高め、認知機能の改善を目指す。歩行障害がある場合は、グルタチオンの大量点滴が有効である。もっとも重要なのは興奮作用の強いドネペジルをやめることだ。抗うつ薬のSSRIについては、クロルプロマジン以上の効果が認められず、効果の発現に時間もかかることから、推奨していない」と話しています。
薬剤の優先順位についても、経過の注意深い観察が必要となります。
(『せんぶわかる認知症の事典』河野和彦氏監修から引用)