この治療は本物だ!
ピシリと手をはたかれて拒否されたことでピック病を確信し、ウィンタミンという薬を処方しました。 そして迎えた2回目の診察。今回も待合ロビーまで出向こうと立ち上がった私の前に、夫に手をひかれて診察室に入ってくる彼女の姿がありました。
彼女はなんと自ら握手を求めてきた
彼女が微笑みながら診察室に入ってきただけで驚いている私に、彼女はなんと自ら握手を求めてきたのです。なにが起きたんだろう。
この治療は、本物だ。
いつもこんな風にうまくいくわけとは限らないので、ビギナーズラックだと言われればその通りかもしれません。でもこの出来事は、私の医師人生を変えるのに十分な衝撃的なエピソードでした。
その後米ぬかサプリメントを追加したところ、介護に疲れて先に寝入ってしまった夫に、彼女が毛布をかけてくれていたと報告を受けました。夫の嬉しそうな笑顔が忘れられません。
サプリメントも使う治療を取り入れる
後にメディアの取材などで「公立病院なのに、サプリメントも使う治療を取り入れるなんて斬新ですね!さぞ現場の反対が強かったのではなかったのですか?」
と尋ねられることが何度がありました。最初は質問の意味がわからずこちらがポカンとしてしまうほど、反対の空気はなかったというのが正直なところです。
ビギナーズラックにすっかり気をよくした私は、本格的に勤務先の病院でこの治療をやってみようと決意しました。
医療者と介護者がタッグを組んで行うチームプレイ
薬を調整するためには、近くで様子を見ている介護者がしっかりと観察し、それを次の診察で報告してくれることが重要です。医療者と介護者がタッグを組んで行うチームプレイです。常に近くにいる介護家族、病棟のコメディカルスタッフ、施設の介護職やケアマネさんの理解や協力があってこそ最大限の効果を発揮するのがこの治療。
そのために最初に院内で勉強会を、その後は、笠間市のケアマネージャーさん向けの勉強会を行いました。ふつう多くの方に勉強会や講演をするのは、その道の経験が豊富なベテランと決まっています。しかし今回はベテランどころか、まだ本格的に治療を始めてさえいない医師が勉強会をするのですから、おかしなものです。こうしたらこうなる!と自信をもって言うことさえできず、「このようになると書いてあるので、これからやってみようと思います。」と自信なさけに言うしかないのですから。
それでも看護師や薬剤師さんなどのコメディカルスタッフ、そして地域のケアマネージャーさん達は、熱心に耳を傾け、話のひとつひとつに深く頷いてくれました。彼らはたとえ認知症に関する座学経験は乏しくても、これまでの長年のキャリアで認知症の方と数多く接してきています。おそらく、これまで出会ったAさんやBさんの表情やたたずまい、巻き起こった事件の数々を思い出して、あ~そういうことだったのかと腹落ちした部分もあったのではないかと思います。
一つ一つのエピソードに一喜一憂しながら、経験を重ねる
そしていざ治療を開始してからは、看護師さんが成果を逐一フィードバックしてくれました。午前は怒って看護師さんに唾を吐いていた男性が、昼に薬を飲んだ後にはニコニコしている!など、一つ一つのエピソードに一喜一憂しながら、経験を重ねていきました。
そんな時に認知症治療研究会が立ち上がり、水戸の介護職仲間と東京の会場に行きました。まだまだ認知症診療の初心者だけれど、この日本で何か新しいことが起ころうとしている。そんな風に確信して、感動したことを覚えています。
がんばって生きてこられた方の、後半人生。
認知症を発症しても、それがなんだと笑顔で過ごして頂きたい。そして介護する家族にも、こころと体の健康を大切にして、一緒に笑顔でいてほしい。
その一心です。
自治医科大学医学部卒業後、茨城県の地域医療に従事され、平成29年にあやか内科クリニックを開院。大病院に紹介しても症状が改善しない患者さん、介護で疲れ切った家族を笑顔にしたいという思いで、公立病院勤務中にコウノメソッドを開始し、劇的に改善する患者さんを見て、この方法を全国に広げるための活動をはじめられる。「認知症にならない」予防と「認知症になっても大丈夫」な診療・環境づくりの両輪が整う社会を目指されている。