アルツハイマー型認知症(ATD)の診断基準
アルツハイマー型認知症(ATD:Alzheimer-type dementia)の診断基準は、かつて、記憶障害を必須の条件としていました。しかし、研究の進歩とともに、診断要件も変化しています。ここでは、日本神経学会が発行する「認知症疾患診療ガイドライン2017」において代表的な認知症の診療基準として取り上げられている、2つの診断基準を紹介します。
他の認知症より診断が困難なアルツハイマー型認知症(ATD)
アルツハイマー型認知症(ATD)の主要な診断基準には、米国精神医学会の「DMS(ディーエスエム)-5」、世界保健機構による「ICD(アイシーディー)-10」、米国国立神経障害・脳卒中研究所とアルツハイマー病・関連障害協会の「NINCDS-ADRDA(エヌシーディーエス エーディーアールディーエー)」、米国国立老化研究所・アルツハイマー協会(NIA-AA:エヌアイエー エーエー)の診断基準などがあります。
この中でも、特に新しいのは、2013年発表のDSM-5と2011年作成のNIA-AAの診断基準です。
かつて、アルツハイマー型認知症(ATD)の診断基準は、記憶障害を必須の条件としていました。しかし、それでは、記憶障害が主症状として現れない場合に適応しにくいなどの問題がありました。
新しい診断基準は、記憶障害を必須症状としない点が特徴です。何らかの認知機能障害が原因で生活に支障をきたしており、他の疾患が背景にない場合にはじめて、アルツハイマー型認知症(ATD)と診断することができます。
DSM-5の診断基準
下表は、米国精神医学界の「DSM(精神疾患の診断・統計マニュアル)」の最新第5版による、認知症とアルツハイマー病の診断基準です(※アルツハイマー病は、アルツハイマー型認知症と同義)。
まず、認知症であることを診断し、その後、下位分類であるアルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)にあてはまるかを特定します。
認知症の診断基準
A. 1つ以上の認知領域(複雑性注意、実行機能、学習および記憶、言語、知覚-運動、社会的認知)において、以前の行為水準から有意な認知の低下があるという証拠が以下に基づいている:
(1)本人、本人をよく知る情報提供者、または臨床家による、有意な認知機能の低下があったという懸念、および
(2)可能であれば標準化された神経心理学的検査に記録された、それがなければ他の定量化された臨床的評価によって実証された認知行為の障害
B. 毎日の活動において、認知欠損が自立を阻害する(すなわち最低限、請求書を払う、内服薬を管理するなどの、複雑な手段的日常生活動作に援助を必要とする)。
C. その認知欠損は、せん妄の状況でのみ起こるものではない。
D. その認知欠損は、他の精神疾患によってうまく説明されない(例:うつ病、統合失調症)。
————————————————————–
↓ 上記A〜Dにあてはまる場合、下記に進む
————————————————————–
アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)の診断基準
A. 認知症または軽度認知障害の基準を満たす。
B. 1つまたはそれ以上の認知領域で、障害は潜行性に発症し緩徐に進行する(認知症では、少なくとも2つの領域が障害されなければならない)。
C. 以下の確実なまたは疑いのあるアルツハイマー病の基準を満たす:
認知症について:
確実なアルツハイマー病は、以下のどちらかを満たしたときに診断されるべきである。そうでなければ疑いのあるアルツハイマー病と診断されるべきである。
(1)家族歴または遺伝子検査から、アルツハイマー病の原因となる遺伝子変異の証拠がある。
(2)以下の3つすべてが存在している。
(a)記憶、学習、および少なくとも1つの他の認定領域の低下の証拠が明らかである(詳細な病歴または連続的な神経心理学的検査に基づいた)。
(b)着実に進行性で緩徐な認知低下があって、安定状態が続くことはない。
(c)混合制の病因の証拠がない(すなわち、他の神経変性または脳血管疾患がない、または認知の低下をもたらす可能性のある他の神経疾患、精神疾患、または全身疾患がない)。
『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』American Psychiatric Association、2013/日本精神神経学会日本語版用語監修、高橋三郎・大野 裕監訳、2014より引用
NIA-AAの診断基準
下表は、2011年に米国国立老化研究所・アルツハイマー協会(NIA-AA:National Institute on Aging-Alzheimer’s Association workgroups)が発表した、認知症とアルツハイマー型認知症の診断基準です。このほかに、軽度認知障害の基準が設けられている点も、従来の基準と異なっています。
認知症の診断基準
認知または行動症状があり、次の1から3のすべてを満たす。
1. 職業あるいは以前普通に行ってきた活動が行えない
2. 機能と遂行の水準が以前よりも低下している
3. せん妄または主要な精神疾患によって説明できない
また、
4. 認知機能障害が、
(1)患者と患者をよく知る情報提供者からの病歴摂取、または、
(2)客観的な認知機能評価(スクリーニング検査または神経心理学的検査)によって検出され診断される。神経心理学的検査は、通常の病歴聴取とスクリーニング検査で確定診断が得られない時に実施すればよい。
5. 認知あるいは行動障害は次の領域のうち2つ以上を含む。
a. 新しい情報を覚え、思い出すことの障害:
同じ質問や会話の繰り返し、自分の持ち物の置き忘れ・しまい忘れ、行事や約束の忘却、よく知った道順で迷う
b. 判断力低下と複雑な課題の処理:
危機安全管理能力の低下、金銭管理不能、意思決定能力の低下、複雑あるいは順序だった活動の計画不能
c. 視空間性能力の障害:
相貌や日常物品の認知困難、視力が保たれているのに見える所に置いてあるものを見つけられない、簡単な道具の操作ができない、衣服の向きを体に合わせられない
d. 言語機能の障害(発話、読み、書字):
発話の途中で一般的な単語を思いつかない、また、ためらう。発話・つづり、書字を誤る
e. 人格・行動・態度の変化:
興奮など非特異的な気分の変動、自発性・積極性の低下、アパシー、気力の喪失、社会からの引きこもり、以前の活動に対する興味の減少、共感の喪失、強迫的または衝動的行動、社会的に許容されない行動など
————————————————————–
↓ 上記1〜5にあてはまる場合、下記に進む
————————————————————–
アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)の診断基準
認知症の診断基準(上表)に合致し、かつ、次のA、B、Cすべての特徴を有する。
A. 潜行的発症。症状は月または年単位で徐々に発症し、時間や日の単位で急性発症することはない
B. 認知機能悪化の明確な病歴が、報告または観察される
C. 初期に最も顕著な認知症状として、病歴または検査で次のカテゴリーのうち1つが明らかである
a. 健忘症状:
アルツハイマー病の認知症の最も一般的な症状である。学習の障害と最近学習した情報の再生の障害が含まれる。また、他の認知領域の障害が少なくとも1つある。
b. 非健忘症状:
言語症状:語想起の障害が最も目立つが、他の複数の認知領域の障害を伴う
視空間性症状:最も目立つ障害が空間性認知の障害である。物体失認、相貌認知障害、同時失認、失読も含まれる。また、他の複数の認知領域の障害を伴う
遂行機能障害:論理的思考能力、判断力、問題解決能力の障害が最も目立つ。また、他の複数の認知領域の障害を伴う
D. 次のいずれかが明らかな場合には probable AD dementia ※ の診断を適用しない
a. 認知障害の発症または悪化と時間的に関連する脳卒中の病歴が明らかな脳血管性障害を伴う場合、または、多発性かつ広範囲な脳梗塞または広範な白質高信号域の存在
b. レビー小体型認知症の認知症自体ではない中核的特徴の存在
c. 意味型原発性進行性失語の特徴が明らかな場合
d. 非流暢性/失文法型原発性失語の特徴が明らかな場合
e. 他の活動性の神経疾患を伴っている、または、認知機能に明らかな影響を与え得る非神経性の内科共存症または薬物治療が明らかな場合
※probable AD dementia ……アルツハイマー型認知症の診断がほぼ確実であること。AD dementiaは、ATDと同義
National Institute on Aging-Alzheimer’s Association workgroups、2011より引用/日本語訳は『高次脳機能障害学 第2版』石合純夫、2012