アルツハイマー型認知症(ATD)とは
アルツハイマー型認知症(ATD:Alzheimer-type dementia)は、脳の神経細胞が失われていく病気です。しかしながら「脳の神経細胞が失われる」とは、一体どういうことなのでしょうか? ここでは、アルツハイマー型認知症(ATD)の脳には何が起こり、どういった過程で神経細胞が失われていくのかについて、解説します。
- もくじ
- アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化①脳の萎縮
- アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化②老人斑の形成
- アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化③神経原線維変化(タングル)
- アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化④その他の神経変性
- アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化⑤アセチルコリンの減少
アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化①脳の萎縮
アルツハイマー型認知症(ATD)の脳に見られる変化は、「脳の萎縮」「老人斑」「神経原線維変化」の3つです。ここではまず「脳の萎縮」について解説します。
脳の萎縮自体は健康な脳でも起こりますが、アルツハイマー型認知症(ATD)では、それが顕著に現れます。大脳皮質全体に萎縮がおよび、脳のシワである脳溝(のうこう)が深くなり、シワとシワの間の膨らみである脳回(のうかい)は狭くなります。最も萎縮が強いのは、海馬や海馬傍回(かいばぼうかい)、扁桃体といった大脳辺縁系に含まれる部位です。
大脳皮質が萎縮して薄くなることで、側頭葉、小脳、脳幹の間に大きな隙間が生まれます。記憶をつかさどる海馬の萎縮が進むにつれ、記憶障害が現れます。
やがて萎縮は、側頭葉、頭頂葉へと広がり、時間や場所、人物が認識できなくなる見当識障害(けんとうしきしょうがい)が生じます。
ここまでの解説は、アルツハイマー型認知症(ATD)の典型例ですが、高齢になるほど個人差が大きく、萎縮の程度もさまざまです。また、アルツハイマー型認知症のうち、約3割は、海馬の萎縮が顕著ではないという報告もあります。
アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化②老人斑の形成
アルツハイマー型認知症(ATD)の脳では、アミロイドβ(ベータ)というタンパク質の増加により、「老人斑」と呼ばれる異常なタンパク質が形成・蓄積され、正常な神経細胞を死滅させることがわかっています。ここでは、主に「老人斑」が形成される仕組みを解説します。
1. 神経細胞がアミロイドβを産生
大脳表面の皮質は、140億個もの神経細胞(ニューロン)によって構成されています。神経細胞は互いに連携し、巨大なネットワークとして機能しています。
神経細胞同士の情報のやり取りは、互いの接合部(シナプス)を通じて行います。シナプスは、情報の送り手側の「シナプス前(ぜん)終末」、受け手側の「シナプス後(ご)細胞」、この2つが向かい合うわずかな隙間「シナプス間隙(かんげき)」で構成されています。シナプス前終末からシナプス間隙に放出された神経伝達物質が、シナプス後細胞の受容体に結合することで、情報が伝達される仕組みです。
シナプス前終末内にある「エンドソーム(小胞)」と呼ばれる器官には、アミロイドβになる前の段階である「APP(エーピーピー)」という物質が生成・蓄積されています。神経伝達物質の放出に伴って、APPの一部も放出されます。シナプス間隙に放出されたAPPは、「アミロイドβ」となります。
2.アミロイドβオリゴマーの形成
アミロイドβはシナプス機能を調節する働きを担っており、通常は一定濃度に保たれています。しかし、老化などで産生と除去のバランスが崩れると、シナプス間隙のアミロイドβが過剰になります。すると、アミロイドβの分子が結合して、「アミロイドβオリゴマー」を形成します。
アミロイドβオリゴマーは、分子の結合のしかたにより、いくつもの形態がありますが、いずれも神経細胞に対する強い毒性を持っています。アミロイドβオリゴマーが神経毒性を発揮すると、シナプスにダメージを与え、神経細胞の死滅につながります。
3.老人斑の形成
アミロイドβオリゴマーの毒性を緩和するために、細胞は、大量のアミロイドβ分子を結合して、線維状の「アミロイド線維」を形成します。このアミロイド線維が、神経細胞外に蓄積したものを「老人斑」と呼びます。球状をしており、大量にできると、周囲の神経細胞が死滅します。
老人斑は健常老人の脳にも現れますが、アルツハイマー型認知症(ATD)の脳では、その数が顕著に増えます。
アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化③神経原線維変化(タングル)
アルツハイマー型認知症(ATD)の脳では、タウタンパクというタンパク質も増加し、老人斑と同じく、神経細胞を死に至らしめています。先に解説したアミロイドβは神経細胞外に蓄積しますが、タウタンパクは神経細胞内に蓄積します。ここでは、タウタンパクが蓄積し、「神経原線維変化(タングル)」が起こる仕組みを解説します。
タウタンパクは、細胞の形の保持や運動に関与する微小管の構成要素です。リン酸が付加されたり、外れたりすることによってその構造を変え、微小管を安定化させる役割を担っています。ところが、タウタンパクが過剰にリン酸化されると、微小管は不安定になって壊れてしまいます。
リン酸化したタウタンパクは神経細胞内で線維化して蓄積し、毒性を持った糸くずのようなかたまり「神経原線維変化(タングル)」を形成します。これにより、神経細胞は機能障害を起こして死滅します。
海馬とその周辺に、神経原線維変化が集積するのが、アルツハイマー型認知症(ATD)の特徴です。その一方、神経原線維変化は、健康な老人脳でも見られます。また、前頭側頭葉変性症や大脳皮質基底核変性症など、別のタイプの認知症でも出現します。
アミロイドカスケード仮説
現在、アルツハイマー型認知症(ATD)の発症メカニズムとして、下図の「アミロイドカスケード仮説」が有力とされています。
1. 老化などにより産生と除去のバランスが崩れアミロイドβが増える
2. アミロイドβが蓄積して老人斑が形成され、神経細胞にダメージを与える
3. そこにリン酸化されたタウタンパクが加わると、神経細胞内で神経原線維変化が進み、さらにダメージを与える
4. その結果、神経細胞死を引き起こす
このようにして、正常な神経細胞が失われると、脳が萎縮し、認知症の発症へとつながります。
アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化④その他の神経変性
「脳の萎縮」「老人斑」「神経原線維変化」の3つ以外にも、アルツハイマー型認知症(ATD)の脳に見られる病理的変化があります。
顆粒空砲変性(かりゅうくうほうへんせい)
神経細胞内に、細顆粒の物質を含む空砲が形成されます。海馬に多く現れますが、健常老人の脳でも見られます。
ニューロピルスレッド
神経細胞から伸びる樹状突起のなかに、タウタンパクが異常に蓄積したものです。糸くず状の構造物で、大脳皮質に広範囲に見られます。
アルツハイマー型認知症(ATD)における脳の変化⑤アセチルコリンの減少
神経細胞からは各種神経伝達物質が放出され、細胞間のネットワークを形成しています。神経伝達物質は60種類以上あり、それぞれ認知や気分、情動、睡眠、運動などに関する情報を伝達しています。各神経細胞から、どの神経伝達物質が放出されるのかは、脳の部位によって異なります。加齢などにより、神経伝達物質が減少すると、その働きに関する機能が低下し、認知症などの疾患リスクが高まります。
アルツハイマー型認知症(ATD)に関係するのは「アセチルコリン」という神経伝達物質で、認知機能を保つ働きを持っています。このアセチルコリンを伝達物質とする神経細胞を「コリン作動性ニューロン」と呼びます。コリン作動性ニューロンは、海馬周辺から大脳皮質にかけて広く分布しています。
アルツハイマー型認知症(ATD)では、脳内のアセチルコリン濃度が低下するとともに、コリン作動性ニューロンの働きが悪くなります。そのため、認知機能が低下し、記憶障害が進行すると考えられています。